今年はやはりどこかおかしい

立春を過ぎ、いつもならここからが冬本番となるはずだった。しかし今年はやはりどこかおかしいらしく、何やら暖かい日が続いている。さすがに朝夕は寒さが身に応えるが、昼間はお日様がしっかり差し込み、思わず布団でも干そうかと思うような暖かさだ。庭の隅のスイレンが植わった鉢もまだ一度も凍っていない。そんな陽気に誘われてか、最近庭に新しい客が現れるようになった。  
出会いは突然だった。掃除を終え、リビングのこたつの敷布を引き直し、いいお天気につられて座椅子と座布団を干そうと庭に面した掃出し窓のカーテンを開けた。すると、庭の隅に毛玉のようなものが置かれてあるのに気づいた。そしてそれはカーテンの動きを察して急に形を変え、こちらを睨みつけた。小さな猫だった。警戒心がいっぱい詰まったような姿勢で私を見ている。目と目があった。
「ごめん、驚かせたか。」
聞こえないのは分かっていたが、思わずそう声をかけてしまっていた。そして、これ以上驚かさないようにそっと座椅子と座布団を掃出し窓に立てかけた。しかしすぐに部屋に入ってしまうのがもったいないという気になった。そこでカーテンに少し隙間を残してしめ、その隙間から顔を半分出して、突然庭にやって来たかわいいお客さんの観察を始めることにした。
 我が家の掃出し窓には庇が付いていて、雨や雪が降って地面が濡れても庇の下は濡れないようになっている。しかも南向きで陽がよく当たる。どうやらその庇の下の暖かい場所を自分の特等席と決めてしまったらしい。猫は私に見られている事に気づきながらも、庭から出ていこうとはしなかった。そして、こちらにこれ以上動きがないと判断したのかまたさっきの場所に戻り、丸くなってしまった。陽の光を浴びて丸くなった子猫は、また自分の見つけた特等席に戻り、さっきのように小さな毛玉に戻ってしまった。それは、見ているだけでもふかふかとした温かさと柔らかさを感じさせてくれた。まるでぽかぽかのお日さまの光をそのまま丸めたような、「陽だまりの塊」のように思えた。
 しばらくそんな様子を見ていたのだが、相手は寝てしまい動きだす気配が無い。そんなじっとしているだけの毛玉を見ているのが面白くなくなった私は、ガラスを指でコツコツとたたいて相手を起こそうとした。どうしても子猫に相手をしてもらいたくなったのだ。その音を聞き警戒した子猫は、驚いたように顔をあげた。しかし今度は「それ以上変わったことはなさそうだ。どうやら危険な事は何も起こらないらしい」と安心したのか、立ち上がりもせず、顔の向きだけ変えてこちらをじろりと見続けていた。また目と目があった。指をあれこれ動かして相手の興味を引くが、子猫は警戒したまま動かない。「もう少し近づいてきてくれないか」そんな思いでいっぱいになった私は、近くにあったほこりを取るハンディモップを、子猫に見えるように動かしてみた。しかし子猫は動かない。「何やら怪しい事をしている。それにしても何をしているのか理解できん」というような顔をしたまま、それでも警戒心をとかずにこっちをじっと見ている。何とか近づいてきてほしいと願う私と黙ったままの猫。しばらくそのまま見つめあっていた。先に我慢できなくなったのは私の方だった。「これだけ見てくれているのだし、逃げ出しもしないのだから少しは気を許してくれたのかな。もう少し大胆になっても大丈夫かな」と、窓のロックを外そうとそうっと手を動かした。と、その瞬間、子猫はさっと身を起こし、飛び去るように身を翻して庭から出て行ってしまった。
 不思議なもので、猫の相手をしていると時間はあっという間に過ぎている。あれこれ無駄な努力をしていたら、もう三十分近くがたっていた。  
そんな事があったのが三日前だった。それから毎日のように子猫は我が家の庭にやってくるようになった。いつの間にか自分の決めた特等席にやってきて、気が付けば「陽だまりの毛玉」となっている。それを見つけた私は「遊ぼう」とあれこれ誘いをかける。こちらを向いてはくれるものの相手になってはくれず、私一人がいつも張り切っているような状態が続く。一人と一匹の間の信頼関係はなかなか生まれず、その間には窓ガラスという薄くて厚い壁が立ち塞がり続けている。それでもあきらめず、何とか相手してもらおうとあれこれ策を弄する私。しかし哀しいかな「ガラス越しの恋人」はなかなか振り向いてはくれそうにない。明日来たら面白そうな玩具を動かしてやろうか。猫じゃらしのようなものを作って目の前で動かしてやれば、手をのばしてじゃれてくるだろうか。それともやっぱりキャットフードでも買ってきてそっと置いてやろうか。キャットフードを買って無駄になっても嫌だから、焼き魚を少し残しておいて食べさせてみようか・・・。そんな事をあれこれ考えながら、うまくお付き合いができる日を想像している。向こうにしたらいいおせっかいなのかもしれないし、このまま片思いで終わるかもしれない。それでも、こうやってまた庭で出会った時に何をしようかと考えている時間がとても幸せに感じられるようになった今日この頃である。

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