妻はお内裏様とにらめっこをしている

妻はお内裏様とにらめっこをしている。かぶせた烏帽子の位置がどうも気に入らないらしい。もう一度紐をほどき、頭にのせ直そうてしている。私は金屏風を倒さないように気をつけながら、雪洞の電気コードを伸ばした。「先に雪洞を置き、それから金屏風を置けばよかったのだ」と、独り言をいう。確か去年も同じ失敗をしてこう思った事を思いだし、一人苦笑いをした。
 「立春には出そう」と、妻と話していたお雛様を、やっと今日飾った。「お雛様、きっと泣いてるよね」と炬燵から押入れを見上げて呟いている年もあった。しかし最近は頑張って、二人でお雛様を並べるようになった。狭い机の上なので屏風も十分に広げられず、並んだ人形も窮屈そうに見える。とはいえ今年も出すことができ、ほっとしていた。しかし、まだ空けていない箱がある。「小さなお雛様」を出して家のあちこちに飾るのが、近頃の我が家の春の行事となっているのだ。
 一つ目の箱からは「兎のお雛様」が出てきた。次女が生まれた年に買った物だ。「妹にもお雛様を飾ってあげたい」と言った長女を連れて、電車に乗って買いに行った。「赤ちゃんにはかわいいのがいい」と選んだお雛様は、親王飾りの前に置いた。柔らかい色の着物を着た二匹の兎が、仲良く並んで微笑んでいる。
 雛菓子が入っていた六角形の箱から出てくるのは「お雛様セット」だ。セットと言っても、ビー玉ほどの大きさの紙粘土の塊が数個入っているだけだ。娘達が小さかった頃、紙粘土で物を作ることに興味を持った時期があった。外へ遊びに行けない休日の楽しみだった。その頃に「小さなお雛様を作ろう」と言って、一緒に作ったものだ。幼い手が丸めたものだから、形はいびつで表面は凸凹。ひび割れも残っている。赤や黄色の絵の具を塗ってはいるが、紙粘土の白色があちこちに見えている。目も鼻もなく、置く向きも分からない。何も知らずに見たら、ただ紙を丸めただけのもののように見える。それでもお雛様として、毛氈の上に置いて喜んでいた。今年も同じように並べて置いた。
 娘達が保育所で作ったお雛様も出てくる。サインペンで書かれたお顔は笑っているが、セロテープで止めていた冠や扇などは外れかかっている。飾りたいが壊れてしまうのも悲しいので、妻と二人でしばらく眺めてから仕方なく箱に戻した。
「たくさんの雪が見たい」と出かけた北国で買った小さな小さなガラスのお雛様は、廊下の棚に飾った。千代紙の屏風の前でちょこんと座っている。私の祖母が作ってくれた「刺繍の立雛の額」は机の前に置いた。妻の両親が買ってきてくれた「民芸調のお雛様」は、玄関の棚に並べた。
 お雛様だけでなく、箱の中からは思い出も一緒に出てくる。娘達と話した事、した事、出かけた所・・・。「これはあの時に買った物だ」「これを作った時娘はまだ保育所のばら組で・・・」そんなことを箱を開けながら二人でポツリポツリと話す。毎年同じ話の繰り返しだ。新しい話は何もない。それでも一つずつのお雛様をだし、そのお顔を見て思い出したことを二人で確かめあうように話している。はっきり覚えている事もあれば、二人とも記憶がはっきりせず、本当かどうかわからなくなってしまった事もある。さっぱり思い出せず、「何だったっけ」と二人で顔を合せて笑う事も増えた。笑いながらも少し寂しい思いをする事もある。話しているうちに思わず手が止まってしまい、じっと出てきたお雛様を見つめてしまっている事もあった。お雛様を全部飾るには、思った以上に時間がかかるようになってしまった。
 それでも、お雛様は我が家にも春を連れてきてくれる。赤い毛氈に金屏風。十二単の肝の姿は、妻と二人きりになった家の中にも、明るい色どりを加えてくれる。そんな華やかさにつられるように、二人の話もいつしか少し前を向く。四月になれば、娘達も新しい生活を始めるのだろう。「勤務先がまた変わるかも・・・」と言っていたがどうなるのだろうか。もうすぐ大学卒業だが、ちゃんと就職できるのだろうか。いや、それより前にちゃんと卒業してくれるのだろうか・・・。そんな不安な話題も、心のどこかでは楽しみながらの話しとなっている。私達にも何か新しい事が起こるのかなぁ。今年はまたどこか旅行へ行けるだろうか。楽しいお休みを過ごせるといいね。さっそく温かくなったら、少し遠出をしてみよう。どこかいい所はないだろうか・・・。そんな話を始めたら、体のどこかが少し軽くなったような気がした。
 最近は昔の話ばかりが先立つようになった。年を取ったかなとも思う。でもこうして、二人でのんびりと話をしながら春を迎える準備をするのも悪くはないとも思えるようになった。すべてのお雛様を飾り終え、空になった箱をまた押し入れにしまいこむ。押し入れを閉め、ぐっと腰をのばす。飾り終えたお雛様をもう一度見直してみる。赤い毛氈の上に並んだお雛様もにっこりとしていた。まだ肌寒いけれど、我が家にも春が訪れようとしていた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA